縁 起

 飛鳥時代の白雉三年(六五二)に創建された当寺は、孝徳天皇により勅願寺と定められ、弘仁年間には弘法大師の修業も伝えられています。鎌倉・室町時代に寺運は隆盛し、大門から本堂まで二十棟の堂宇が並び建ち、大いに賑わいましたが、天正五年(一五七七)上杉謙信の兵火により焼失しました。

 本尊の木造千手観音立像は平安時代初期の春日の作で、優雅でふくよかな、慈愛に満ちた仏像です。他にも木造阿弥陀如来像や木造地蔵菩薩立像など多くの仏像や境内にある高さ六・八メートル、鎌倉時代中期の石造五重塔(重要文化財)や多数の板碑や宝篋印塔などが当時の隆盛を物語っています。境内には明星石もあります。

 

 また、付近に「鎌倉屋敷」と呼ばれる墓地があり、頼朝の供養墓と伝えられる宝篋印塔をはじめ七十余基の大小五輪塔があります。

奥能登の古刹

 能登穴水町は実に風光明眉の地です。能登島を浮かべた七尾湾がさらに深い入江をなす穴水湾の奥に、古い歴史と美しい自然を守り続けており、明治初年にはるばる当地を訪れた冥王星の発見者パーシバル・ローエルはその強い印象をつづり「能登」を書いています。

 当寺は町の中心からはるかに離れた静寂の地にあり、別天地の感です。

 

 前述の仏様のほかにも鉈彫りの阿弥陀如来立像や十二神将など多くの藤原時代仏像や石造文化遺品の数々は、中世盛時の当寺と能登の人の信仰厚さを物語るものでしょう。

千手千眼観世音菩薩

アクセス

住所:〒927-0204 石川県鳳珠郡穴水町字明千寺

電話 / FAX0768-57-1353

交通:能登有料道路終点穴水此木より車で20

観光:九十九湾、穴水湾など内浦各地や、能登島、和倉温泉

専用駐車場:大型車6台 普通車30

宿泊設備:穴水町前波観光旅館

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